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単に、火村が車でアリスを襲ってるだけの話です。

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火村のフィールドワークについていくことになって、一つ気づいたことがある。謎の一端に触れたというべきか。
少年犯罪に彼は神経を尖らせる。他にも幾つか要因はあり、長く傍にいればそれらを数え上げることは難しくなかった。キーワードが重なれば、火村の感情の流れが他とははっきり違うのだ。ナーバスになる、といってもいいのだろうか。現場ではむしろ冷静になっている。切り刻むように観察し、分析する。繰り出す論理はあやういほどに精緻だった。
私と火村は酔って戯言をほざくことも多いし、どうにもならない愚痴をこぼしあうほどに気を許している間柄だったが、それでもこの事実が話の俎上に乗ったためしはない。
それは彼の「人を殺したいと思ったことがあるから」という独白とともに私の胸の奥深くに沈められている。いつか浮上することがあるのかもしれないが、それはまだ、当分先のことだろう。あるいは墓の中まで持っていくのかもしれなかったし、私はそのことこそを望んでいるのかもしれなかった。
火村もまた、なにも言わなかった。
私が気づいたことなど、彼は見透かしているに違いないのだが。
信頼はされているのだろう。助手への誘いが減ることはなかった。
事実はそこにあっても、ない物として扱われている。
だから今回の捜査が、短絡的で身勝手な高校生の自供で幕を下ろしたときも、私は努めて火村の様子をうかがわないように意識した。

夜になっていた。
最後の現場は奈良の山間で、昼間であれば近くの滝でも見に行きたいと思っていたが、日の落ちた今は流石にぞっとしない。熊出没注意の看板を見れば尚更だ。秋の日は釣瓶落としで山肌の近いこのあたりは明かりが碌にないこともあって隣りに並ぶ火村の表情すら判別しがたかった。まっすぐに前を向いているのに俯き加減の印象があるのは何故だろう。
細いながら意外ときちんと舗装された林道の、背後を振りかえる。足下に引き摺るはずの自分の影は闇にまぎれて見えなかった。その向こうでは、奈良県警がまだ、凶器の捜索を続けているはずだった。遠い明かりは、文字どおり林立した杉の木立に隠れて見えなかった。単一の木を植えつづけた森は、ひょろりと縦に長細い。昼間見れば美しいはずの人工林は、こうして闇の中から見れば個性の欠片もなく不気味だった。ときどき朽ち折れた木の放置され腐った株を見れば、それが我々の住む社会そのものの悲鳴に思われた。
「アリス」
火村に呼ばれた。彼は足を止めていた。私は急いで足を進め、彼の隣りに並んだ。またゆっくりと山道を下り始めた。
少年は、凶器を捨てた場所をはっきりとは覚えていなかった。逆上していたからだろう。ただ山道からそう離れた場所ではなかったらしい。埋めたといっても深くはないはずで、発見は難しいものではない。それさえ見つかれば供述の裏が取れるとあって、今日中に済ませてしまうつもりだという。我々の出番は、もうない。
ようやっと、車の停めてある広場に出た。もとは木材を運ぶための集積場だったのだろう。木の皮を剥きやすいようにある程度、丸太が乾くまで積んでおくのだ。今はそれさえ使われていない。枯れた杉の葉が吹き溜まっている。もの寂しい印象だった。
そこを過ぎればまた道は細くなり、平地に出れば、国道までは、すぐだった。乾いた、冷えた風が私たちの間を吹きすぎた。身をふるわせた。
「さむ…」
「そんな格好をしてくるからだ」
火村の言葉には、からかう調子も笑みもなかった。淡々と事実を述べている。
そういう火村とて、私と格好は変わらない。いつものごとく白のジャケットを羽織っているだけだ。体力の違いを感じ取る。カチカチと歯が鳴った。意識してのものではなかったから、驚いた。秋は、昼間と夜との温度差が大きい。気温そのものよりも、急激に冷えこんだために体から熱が奪われたのだろう。山の端にあった夕暮れの名残はもう見えない。月は、なかった。
火村はちらと、こちらを見やった。火村が何かを言うよりも前に、震える唇で告げた。
「疲れたやろ。帰りは運転したるわ」
感謝せえ、と告げたものの、それは実行されなかった。火村が物も言わずに運転席に乗り込んだからだ。
「こら、なんか言いや。――ええんか?」
気遣う言葉を滑りこませたものの、それに対する返答もなかった。火村は前を向いたまま、ごく平静な様子でイグニッションキーを回す。私は慌てて助手席に滑りこんだ。ボロベンツは不思議なほど平静に走り出す。むしろぞっとした。荒れて、荒っぽい振るまいをされたほうがマシなように思う。口には出せない。火村の横顔を見つめる。
「そんなにいい男か?」
火村が、真っ直ぐに前を向いたまま唇を皮肉に歪ませた。ウィンカーを出して、国道の車が途切れるのを待っている。大阪方面から来たトラックのヘッドライトに夜の闇が切り裂かれた。黄色みを帯びた光が車内に差しこみ、車が通りすぎてまた闇に戻った。私は瞬いた。
国道に出たベンツは、何事もなかったように様々な車のヘッドライトの列にまぎれこむ。
「そやな。俺にとっては」
ごく軽く告げた。この程度なら戯言の範疇だろう。火村は応えない。ただ、目を眇めたように見えた。
しばらくお互いに黙ったまま車は走りつづけた。火村の沈黙には慣れているとはいえ、続けばそれなりに気詰まりになった。ラジオでもつけようか、と思ったところでウィンカーの音がした。
「火村?」
火村はなにも言わない。
左折し、車は横道にそれた。それが今回の現場の一つに向かう道であることに思い至る。

最初の被害者はこの道の先で見つかった。捕まった少年の、姉だった。
今更なにか思いついたのか、と思った。だがそうではないことぐらいは、わかる。
火村は、凶器が見つかれば終わりだと言った。含みがあった記憶はない。何かあれば、記憶に引っ掛りが残るだろう。
何故、と思うよりもその道の寂しさを思い出した。街灯はまばらで車は通らない。事件の目撃者は皆無だった。犯人が被害者に近しい人物だということだけがわかっていた。被害者の少女は抵抗した様子もなくここまで自分の自転車で来ていたのだ。規制線はまだ張られているだろうが、証拠物件は全て回収されている。このまま進んでもだれもいないだろう。
道は、国道に近いことを思い出させないほど静まり返っていた。林が迫り、都会に慣れた目にはこわいほどに闇が濃い。人間の原始の恐怖を思い起こさせる。樹木の緑も今は闇色に見えた。木々の隙間から何かが窺っているのではと想像させるほど、夜は深い。
火村は車をとめ、エンジンを切った。
かすかな振動が収まると、虫の音と、ふくろうの鳴き声が近くで聞こえた。
私は、なかば呆然としてけだるげなようすの火村の横顔を窺った。
私が見ていることなど気づいているだろうにこの男は視線一つよこさない。
胸の奥がざわめいた。
「君……」
軽口をたたこうとして失敗する。
絶句の気配に、火村の頬がほんの少し緩んだようだった。
もしかすると歪めたのかもしれない。
どちらにしろ、結果は同じだ。
火村の顔がこちらを向いた。
ついで手が、私に向かって伸ばされる。それをただ眺めてしまった。あまりのことに抗うことすら思い浮かばなかった。喉もとのシャツのボタンが一つ外されて、弾かれたように振りほどいた。狭い車内、私の指先は天井を掠る。摩擦にチリ、と熱が走った。
火村はわざとらしく片眉を上げる。
「ホテル……せめてホテルっ」
「待てねえな」
羞恥心をねじ伏せて告げた言葉をあっさりと一蹴される。泣きたくなった。誰かに見られたらどうする気だ。
火村はけれど、私のほうに中途半端に近づいたまま動きを止めてしまっていた。夜の中、黒々とした目が、ひたと私を見つめているのを感じ取る。息苦しい。目蓋が痙攣して、咽喉が鳴った。
自分から腕を伸ばして火村の頬に触れた。掌が覚えているよりもこけた頬に胸が締めつけられる。僅かに拒絶の気配が感じられて自分から掌を離す。そのことに火村自身のほうが戸惑ったようだった。触れられたくない、その事実を今認識したのだろう。
悲鳴の記憶が胸をよぎる。今の火村は夢で飛び起きた夜の彼に近い。
長い時間をかけて手を洗い、血の記憶を洗い流している。
触れられたくないくせに。
火村はわかっているのだろうか?セックスは、今の皮膚の接触よりもっと深く、お互いに触れあう行為だ。粘膜の接触は生々しい。男同士ならば尚更だ。
ひっそりと笑う。目を伏せた。
結局のところ、私が火村の求めを拒めたためしはないのだ。火村を見ずにシートベルトを外すと座席をできうる限り後ろへやってリクライニングを倒した。目が、暗順応をはじめて瞳孔が開く。普段は意識しない車の天井の内装を眺めた。煙草の煙で燻されて、汚れはあまりわからなかった。
そんなものを見ている自分を逃げているな、と思う。
火村の手が再び伸びてきた。焦れたようにチノパンのボタンを外す。切羽詰まった手並みにのどが鳴った。酷くされる予感に胃が、氷を呑んだように凍える。窓のほうを見ると、暗く透明なガラスに自分の顔が映っている。輪郭がぼんやりとし、表情まではわからないのが救いだった。
火村から立ち昇る気配は、そうと意識していなければ逃げ出したくなるほどに強暴だ。
けれど逃げ出さない。下着ごとチノパンを膝まで落とされて、葛藤が震えとなってあらわれた。
「怖いか……?」
自分こそ、怖がる子供のような声で火村は言う。
私は首を捻じ曲げて火村を見た。近づく彼の目に表情はない。子供のように、ひたむきなほど私を見ている。視線は強い。
「――寒いんや、火村」
さむい、ともう一度言えば張り詰めたなにかが緩む。私の唇からも、ふと笑みに紛らわせた吐息が零れ落ちた。目の前が水の幕でゆれる。
「ジャケット脱げよ」
冷静な火村の言葉に羞恥心を刺激される。それでもそれは、多分彼の最後の気遣いだった。言われたとおりに、ツイードのジャケットを脱いで後部座席に放り投げる。それで私に出来ることはもう、なかった。火村の手が、足の狭間に触れた。反応し始めている性器に、のどの奥で笑ったようだ。仕方ないではないか。前のときから随分と間が開いている。思わず睨むと、火村は一瞬、動きを止める。手管が焦ったように濃密になった。ぶるっとからだが震える。滴り落ちたぬめりを指にとって火村はそのまま後ろに触れた。眉をひそめた。入りこんでくる爪の感触さえわかりそうなそれに無意識に体が揺らぐ。膝にひっかかったチノパンと下着がわずらわしくなり脚を揺らして振り落とそうとした。
「いい眺めだぜ?」
揶揄混じりに言われてカッと熱くなる。わだかまわった布地は足下に落ちた。靴を脱ぐのにあわせてそれらも邪魔にならないように押しやった。狭い場所だ。私が協力しなければどうにもならないことはわかっている。サイドブレーキを乗り越えてのしかかってきた火村は私の脇に手をついている。片足を取られた。深く曲げられた。
私はとっさに目を閉じた。キスをねだってしまいそうだったからだ。今日は一度もしていない。目をあけていれば、その眼差しで火村は私の望みを知ってしまう。そして知ったならば、彼はキスをしてくれるだろう。だから、目を閉じた。
確かめるように指先が、体の内側を探っている。愛撫も、キスもなく始まった行為にからだは願うほど簡単には緩まなかった。何度も指を引きぬかれ、そのたびぬめりを足されるのは羞恥を煽る行為だった。息遣いと水音が密やかに続く。どのくらい自分の体が緩まったかなど私には量ることが出来ない。全て火村にゆだねている。指が抜かれ、先端を押し当てられて更にきつく目を閉じた。
「ぐっ……」
声が出た。火村の、凶器のような熱が容赦なく入りこんでくる。思わす縋りつこうとして、とっさに自分の胸の前で両手指を組み交わした。力を込めた。これで火村に縋りつかずにすむ。
「バカ」
「バカ言うなっ。あ、ああっ」
腰が浮いた。もっとずり上がりたくても、リクライニングを倒しただけの座席では無理だった。火村は容赦なく身を進めてくる。その速度のままに受け入れさせられる。自重で体がひらく。
意識が遠のく。それでも慣れた身体は懸命に力を抜こうとする。火村はきちんと私の呼吸を測っているのだろう、息を接ぐたび結合が深くなった。
「は、……」
浅く息をつく。朦朧としたまま目を開いた。指に力が入りすぎて痛かった。動かそうとしたら、痺れていたのか組んだ指は外れなかった。そのまま思いがけず肘が大きく動く。火村の腕に触れた。触れたとたん、火村は竦んだ。眼差しは夜そのもののように昏い。
「このままじゃ痛める。アリス、指を外せ」
目を閉じ、首を横に振る。
だってそれでは、火村を抱きしめてしまう。
こんな風になってすら、いまだ、抱きしめてはこない彼の心情を思う。
「大丈夫やよ」
「アリス……」
「それに、」
それに?と問い返されたが私は答えなかった。
こうして、ただ体の奥深く一点だけで火村を感じることも私はそう嫌いではなかった。
火村の手が私の手に触れる。一瞬はなれて、何かを確かめるように見た後、また触れてくる。その触れ方に、咽喉の奥が震えた。かたく組んでいた指がほどけた。手探りで、火村の手に触れる。とっさに逃げようとするのを離さなかった。大丈夫やよ、と心の奥でまた呟いた。君が触れてくるのなら、私からは離したりしない。
びく、と竦む。耳元に息を感じた。火村が私の耳元でなにか唇を動かしたのだ。声にならないほど微かな息は、私に聞かせるつもりがないことを示している。私は笑った。目を閉じていて正解だった。火村は私に表情を見せたくはないだろう。
ゆっくりと身体が動かされた。無理な場所で無理な体勢で必死に身体を繋げている。何故という疑問すら意味を為さない。ただ、必要だからだ。我ながらあきれるほどに必死だ。
押しこまれると内臓がそのまま、持ち上げられそうな怖さがある。引かれると自分の身体が火村に、必死に追いすがろうとしているようでいたたまれない。探るようなそれは、いつものように速度を増さない。場所の関係で流石の火村も動き難いのだろう。

頭うたへんかな。
よぎった思考に、咽喉の奥を笑いが掠める。震えが伝わったらしく火村が「なんだ?」と尋ねてくる。なんでも、と答えようとして嬌声が漏れた。火村が覗きこんできたせいで角度が変わったのだ。
一瞬止まった。
その後の火村の動きはあからさまで、私はそのまま声を上げつづける羽目になった。それでもいつもに比べればもどかしい。随分時間をかけて、くたくたになったころようやく終わりが近づいた。闇雲に伸ばした手の甲が刺すような冷たさに触れる。視線を動かせば、それは夜そのもののような漆黒に透明な窓ガラスだった。
「あ、あ、」
竦んだ体が、ずるりと火村を引きこんだ。羞恥に顔がほてるのがわかった。体は意識と離れたところにあって貪欲に火村をくるみこみ、離そうとしない。
産毛が逆立つ。
快楽が反らせた背筋を駆けあがり、声を上げる。
咽喉がからからになった。

体を離されて掠れた声が上がった。いつもとは違い、長い時間をかかって馴染ませたせいか、もぎはなされるような心許なさを感じた。
体温が急速に奪われる。先刻までは噎せるような熱気を感じていたのが嘘のように、ガラス窓をとおして寒さが押し寄せていた。無意識に身を震わせた。湿ったシャツが肌を擦って気持ち悪い。火村は軽く私の体を整えてくれている。ウエットティッシュはともかく、ハンドタオルなど何処から出てきたのやら。
最後に後部座席の放り投げたジャケットでくるまれた。
また、目を閉じた。
少し、笑う。
「アリス?」
セックスの間にキスもしてくれない男を好きな自分が可笑しかったのだ。
答える気にはなれなかった。
「アリス……」
もう一度呟かれた声は、問いかけを含んではいなかった。唇に触れたあたたかさに目を開ける。
ゆるりと唇が合わされていた。静かなキスだった。
そっとひらかれた口内は熱かった。
不思議と事後を感じさせない。熱を煽るのではない隅々まで相手を探るキスだった。
唇が離れた後、額を触れ合わせ、覗きこむ火村の目は澄んでいる。
夜そのもののように昏く、けれど絶望に明け渡されてはいない。
――人を殺したいと思ったことがあるから
その言葉を抱えて、けれど幾つもの夜を乗り越えてきた火村だった。
その強さを知っている。
抱きしめたくなって、困った。
耳元で、ひくく囁かれた。
「遠慮なく抱きしめてくれ」
「君ね、」
あきれた。私の努力をなんだと思っているのだ。
「頼むから抱きしめてくれ」
笑いに紛らわせてはいたが、火村の目は本気だ。私は火村の背に両腕を伸ばした。
私から触れることには、やはり抵抗があるのだろう、火村の肩先からは微かな拒絶を感じた。けれどその拒絶も含めて、私は火村を抱きしめたままでいた。咽喉が震えた。今夜はずっと泣きたいのかもしれない。唇からふるえる息が尾を引いて流れた。


窓の向こうには闇が見える。
その向こうには、第一の犯行現場がある。
少年と姉は、半分だけ血が繋がっていた。
愛しているから殺した、と少年は供述した。
恋の成就と信じたそれが、次の犯行の引き金になった。
繕おうとすればするほど深みに嵌まった。
ここは、そんな犯罪へと繋がる道だった。
「帰ろ、火村」
「……そうだな」
火村は運転席に戻っていった。助手席のリクライニングを真剣な表情で調節して、私に負担がかからないようにしてくれる。何も言わなくても丁度よい角度にできるあたりが火村の火村たる所以だろう。
イグニッションキーを何度か回し、派手な音を立てて、アートなベンツは今度こそ国道へと戻る。道の込み具合は変わらないようだ。トラックの眩しいライトが目を掠めた。デジャブを感じる。
私はちら、と背後を見た。
そこには、ただ暗い道が続いているだけだった。
夜は全てを飲みこんで、何事もなかったかのように深い。
車は一路、西を目指した。

了  2008.10.17 彩

 

 

 


* リハビリその2。これもSelf宿題。自分で書くには、やっぱりこの程度の描写が楽だなあ。
* あ!勿論、読む分にはどれだけ濃い描写でも好きですよ!よろしくv(←誰に言ってる!)
* 課題はこなしたので次は連載「落ちる林檎」で会いましょう。