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単に、火村が朝、ムラムラしてアリスを襲ってるだけの話です。

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目を開けると日に焼けない白い背中が見えた。僅かに撓めた背中には肩甲骨が影を作る。夕べ残した痕跡が朝の光の中、なまめいて彩っていた。
ふれて震えた場所を強く吸った痕だから、それらは全てアリスの弱いところだ。耳に甦ったのは、そのときのアリスの声だった。耐えるような、押し殺した声を思い出せば咽喉が乾いた。ベッドの軋みを気にしつつ身を起こす。サイドボードをまさぐってタバコのボックスを手に取った。一本を抜き取り火をつける。深く吸いこみ、目を閉じる。酩酊とともに目の前のアリスが閉ざされて、かわりに目裏に浮かぶのは夕べのアリスだ。
伸ばされた手を掴んで指にくちづけた。振りほどこうとするのを押さえ込んで上目使いにしゃぶれば赤くなってそっぽを向く。
火村の名を呼ぶ声はあらがいを纏った。それですら火村の耳には甘く響いた。そう記憶している。冷静な分析などできもしない。こうして思い返している今でさえ。セックスが本能だということを思い知らされる。理性の箍が外れるのだ。
それでもはじめのころよりは随分、慣れた。諦めとともにそう思う。初めてのときなど、終わった後の悲惨さに、火村のほうが竦んだものだ。アリスを壊してしまったかと思った。そんな火村の顔色に、アリスの方がむしろ火村を気遣った。大丈夫やよ、と出ない声で。蒼白になりながら痛みの中、無理に笑って。
そのときのことを考えると火村は叫び出しそうになる。身体だけが欲しいわけではなかったのだ。だからもう二度としない、と心密かに誓ったが、それはあっさり反故にされた。傍にいれば触れたくなる。くちづけに潤んだ眼差しを向けられればあっさりと理性は消し飛んだ。売るほどあった冷静さは歯噛みするほど役に立たない。アリスの、躰の奥まで暴かねば終わらないのだ。そしてそれをアリスが咎めだてしたことはなかった。

アリスが何を考えているのか火村にはまるでわからなかった。
火村がほしがったから、それこそがむしゃらに欲しがったから根負けしたのだろうか、とすら思う。
強情でありながら、小説以外のことに関して、アリスは他人の強い感情に流されることがある。言葉を真摯に受けとめるからだろう。悪意には打たれ強いが好意には弱い。
火村に関してならば尚更だ。彼の心の何割かを自分が占めることを火村は疑いもしない。
だが――。
それでいいのだろうか、と胸の奥の疑念は消えない。アリスに無理を強いている自覚が火村にはあった。
短くなったキャメルを灰皿にねじ込んだ。枕もとの灰皿。初めの夜にはなかったそれ。
ミッドナイトブルーのガラスの灰皿はデザイン性の勝ったフォルムで、あまり灰皿を意識させない。デコラティブなのではなく、その逆だ。ミッドセンチュリーだろうか。輝けるアメリカの黄金時代を思わせる。貰い物かもしれない。こうして火村が抱きしめれば、アリスにもキャメルの匂いが移るだろう。
そのまま横になる。撓んだベッドにもアリスは目を覚まさなかった。昏々と深い眠りにある。さもあらん、締め切り明けだ。脱稿したのは昨日の昼頃だったはずだ。もっと眠りたかったはずなのだ。


どうしてここまで俺を赦す?


まるく撓めたせいで痩せてあばらの浮く背中を見て焦燥感に囚われる。溜息がふれて、アリスの肩が揺れた。
起こしたかと顔を上げて、向こうを向く横顔に視線を走らせた。だが違った。
かすかに喘いだ唇は艶めいて見える。夕べ、さんざん貪った余韻で血の色をのぼらせたまま。
アリス?と動きかけた唇は言葉を為さなかった。そのまま、誘われたように夕べ刻んだ赤みの痕をそっと辿る。観察する視線の前で、しろい身体がふるっと震えた。無意識に身を捩る仕草、眉をひそめる表情は甘い。
いつも、かたくななふうで火村の愛撫を受ける身体は柔らかくほどけている。快楽に反応を示す。夕べの情痕に重ねてやわらかく吸うと、もどかしそうに腰を揺らす。足りないのだろう。表情を注意深く見ながら愛撫を濃くしてゆく。
「んん…」
むずかるような声が鼻から抜けた。それでもアリスが覚醒する気配はまだなかった。
咽喉が乾く。
なぜこんなことをしているのだろうかと思う。アリスを起こして求めれば、拒まれないことは知っている。
アリスのプライドは高い。
このまま続ければ、彼は自分を赦さないだろう。
逡巡は一瞬だった。やわらかい髪で隠された耳朶に、夜の声音を意識して、アリス、と低く囁く。それへの反応は更に顕著だ。さっと肌が粟立って、それがほどけると血の色を帯びた。髪をはらってうなじに唇を這わせると、溶けるような熱が肌の下からたちのぼる。汗の匂いがした。アリスの匂いだ。背後から回した指先で胸元を探る。かるく沿わせるだけで指を待っていたように芯を持った。溜息は湿りと欲望を孕む。目眩がする。
「アリス……アリス」
浮かされたように囁く。アリスの反応に逆に切羽詰まってしまった。せわしなくもう片方の手で後ろを探る。夕べの名残を残したそこは素直に火村の指を受け入れた。なかで蠢かせても肩は強ばらない。ごく自然に受け入れている。軽く引きぬくと縋る動きがあって、誘われたようにその動きを繰り返す。
慎重に指を増やし、すみずみまでを探る。普段は快楽に溺れさせようと躍起になって直截な愛撫に走るから、こんな風にしたことはなかったのだ。
「あっ……」
一瞬、動きが止まってしまった。上も下も硬直して、まじまじとアリスを見つめてしまった。覚醒はまだなのか、アリスの目蓋は閉じたままだ。それでもうす赤い色をのぼらせて、すこし揺らいだふうに見えた。胸に這わせた指を下ろすと性器は確かに反応している。張り詰めた先端をぬぐうように触れると後から後から雫が零れる。そのまま手を離すと内部を探る指を引き込むような動きを見せる。あたった場所でアリスの背中がのけぞった。声があがる。あきらかな嬌声に背筋がぞくぞくした。破滅への蜜はこんなにも甘い。
「感じるか?」
「ん……や、やって……」
うすく開いた目蓋はまだ現実を映していない。火村の齎す快楽に溺れている。浅い呼気は濡れており、火村をもろともに巻きこんでゆく艶があった。シーツの海にもがく指を、その上から掴み取る。探っていた指を引きぬき、無意識に逃れようとずり上がる腰を支えた。代わりにあてがったものを狭間に擦りつけてやれば呑みこむ動きを覚えたそこは難なくひらく。抵抗はない。目を閉じた。音を立てて、どこともしれない深みへと沈みこむ心地がした。
「あ、あ、あっ……」
苦しそうな声とは裏腹にからだは何処までも柔らかい。
奥へ奥へとくるみこみ、蠕動する内側に頭の芯が痺れる。あっという間に沸点へともっていかれそうな悦楽があった。胸元に手を這わせて乳首を摘むと身悶えるふうに腰を揺らす。奥がうねった。
不意に支えた掌のした、柔らかだった肌が強ばった。
「ひ……むらっ!」
覚醒したのだろう。いっぱいに銜えこませられたせいで声はごく、押さえた風だ。それでも響いたらしく、アリスは息をつめている。身体はすっかりとかたくなさを取り戻す。火村を呑みこんでいる場所を除いては。
「……どういうつもりやっ」
小さな声で抗議を滲ませるのへ、薄く笑う。
先刻覚えた場所を抉るように突き上げた。あきらかに途中の一点を狙い澄ます。アリスの身体には、強烈なふるえが先に来た。
「ああっ!」
ほそい咽喉が反って抗議の代わりに嬌声が溢れた。
「や……や、なにすっねん」
舌っ足らずな抗議では、可愛らしいだけだ。築き上げた信頼、ともに過ごした10年が掌から零れ落ちてゆくのを感じとる。それでもやめられはしないのだ。アリスのうなじにくちづけた。荒い湿った息が猫っ毛を揺らす。それにもびく、と竦む。快楽が返された。
突き上げるほどに快楽は過ぎる。ただ締めつけるだけではない、食むような動きにアリスも同様であることを感じ取る。アリスの性器に一瞬だけ触れてそこが直接の愛撫に依らず興奮していることを突きつけた。アリスは火村の思惑に気づいたはずだ。だがもう巻きこまれ、逃れることはできない。唇を噛み締めようとした気配に火村は笑った。一度引きずり出された熱が、そんなことで収まるものか。耳朶に舌を差しこんだ。
「蕩けたバターみたいだぜ?」
「……っ」
意識ははっきりしているらしい。淫らな暗喩に、引き寄せた腰が逃れようとする。それに逆らわずに、身体が分かたれる直前まで待って一気に突き上げた。
唇は内側から簡単にほどかれた。短い間隔の揺さぶりに悲鳴を切る。いつもと違う、と思った。ひき抜く時にも惜しむように震えるのだ。火村自身、違和感が強い。つよく縋られているからだろう。耽溺するように、今度はゆっくりとその感触を味わった。目尻に滴り落ちてくる汗を拭う間も惜しく目を閉じれば皮膚感覚が鋭敏になり、アリスの反応がより鮮明に感じられた。あぎとを滴って、ぽたりと汗が落ちる。アリスの声が上がった。終わりが近いのだ。
欲しくて、手に入れて、愛しいのに、こうして喪う行為に走ってしまうのは何故だろう。自分を嘲笑う。狩った犯罪者たちを笑えない。
もういやや、と舌足らずに許しを請う声が唐突に途切れた。強い震えと締め付けが間断なくアリスの身体を駆け抜けていった。快楽に明け渡された身体は男の前に簡単に最奥を晒す。誘われるまま二度三度と弛緩した身体を突き上げた。声もなくのけぞるからだが更なる快楽を集めてみせた。火村を融かそうとでもするかのようにアリスの内部は熱い。シーツに縋って指先はしろく硬く張り詰めていた。
最後までそそぎこむとアリスはようよう息を吐き、崩れおちた。火村の手からやっと放たれる、その安堵がシーツに頬をつけて放心した表情の奥に透けて見えた。逃がすつもりはなかった。背後から回した掌を下に滑らせる。濡れていた。後ろだけの刺激で遂情した事実をつきつける。
「――君、阿呆やろ」
掠れた声の艶っぽさとは裏腹にアリスの言葉に感情はない。
返事はしない。アリスは億劫そうに寝返りを打った。波立つ感情と、身体の違和感の双方にだろう、眉を顰めて火村を見た。
眼差しは不機嫌そうだ。まだ濡れて赤みがさしている。朝の光のおかげで表情ははっきり見えた。眉間に皺が寄っている。拗ねた子供のようだ。本気で怒ってはいないのが意外だった。
「なんでこんなことすんねん。刃傷沙汰にでもしたいんか。それやったらほんまもんの阿呆や」
ぽんぽんと投げられた言葉に火村は口を開いてアリスを見た。
アリスの誇り高さはよく知っている。知っているのだ。
「なんやねん」
怪訝そうな顔で、大阪人はぽかんと開いた火村の口に指を突っ込もうとする。それで覚醒した。素早くアリスの手首を掴む。
「アリスおまえ……俺のことが好きなのか?」
「……君な。俺をなんやと思っとるねん」
それは額面どおり受け取れば否定のニュアンスだが、そうではないことに火村は気づく。
抱くならともかく抱かれるには、アリスのプライドは高すぎるのだ。おまけに恋愛に関して生硬なところがある。性に関してならば尚更だ。アリスの性格で友人と寝るなどイレギュラー以外のなにものでもない。
目の前に解答があって、気づかなかったのは火村だが、気づかせなかったのはアリスだった。
「俺のことが好きだろう……?」
意識して、吐息のように低く吹きこむとアリスは視線を泳がせた。君な、と意味もなく呟いて言葉を失い絶句した。
抱きしめた肌はまだまだ余韻を残している。鼻先を擦りつけると、薄い皮膚の下で心臓がトクトクと早いリズムを刻んでいる。火村の息がかかってぴくんと震えた。
「――君な。自分は告白もせえへんと、俺にばっかり言わせるのは卑怯やで」
思いがけないセリフに向こうを向いたアリスの顔に目を走らせた。告げてすぐに後悔したらしくアリスはずり落ちていた毛布を引っ張り上げてかぶる。火村は記憶を探った。
言わなかったわけはない。
――いや、しかし。
「欲しい」と言ったのだ。おまえがほしい。どうしてもほしい。まるで、子供のように繰り返した。
そして欲しい、という言葉はなかなかに多義的だ。火村としては、フィジカルだけを望んだつもりはないのだが、その直後に襲った事実を鑑みれば目も当てられなかった。
毛布の小山に火村は顔を近づけた。
「悪かった」
「べつに謝ってほしいわけやない」
「待っててくれたんだろう?」
むっつりとアリスは無言だ。
「I love you.Ti amo. Je t'aime. Ich liebe dich… まだいるか?」
「日本語でええ」
毛布ごし、アリスの返事はにべもない。
「――愛してる」
溜息が一つ聞こえた。
「君、当分下僕な」
「一生でもいいぜ?」
「――君、やっぱり阿呆や」
先刻とは違う、どこか泣き出しそうな、それでも優しい声でアリスは言った。

了(2008.10.11 彩)

 

 


* リハビリその1。Self宿題。リハビリその2は車。